Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “東風ふかば…”
 


どうやら夜半に雨が降ったらしく、
だが、それにしては生暖かいくらいの朝となり。
そろそろ真冬のような冷え込みも終わるのでしょうか、
なんの、
まだまだ川の水は冷とうございますよなんてやりとりを。
庫裏で賄いを束ねておいでの賢夫人相手に、
交わしていたらしい書生くん。
そんな庫裏に据え置いた大瓶への水汲みを、
何人かの仕丁が手掛けているのを眺めておれば。
少し強い風が吹き、
それへと乗って聞こえたのが、
どこか甘酸い梅の花の匂いだったので。
ああそういえば、この春先はいつまでも寒かったから。
例年だったらそれでも気張って、
梅の名所まで伸して花見をしたものが、
今年は出掛けぬうちに、
もう花も終わりの頃合いになっているのだなぁと。
そんな感慨を覚えていたところへ、

 「こぉんな大きい飯台が幾つも届いて。
  そこへ何十個ものお饅頭が入っておりました。」
 「そーなの、いっぱいぱいだったの。」

浅黄の小袖へ合わせを重ね、足元周りには動きやすいたっつけ袴。
仕丁の皆様にも似通った、そんな気安い恰好にて、
バンザイをするように両手を広げ
“こぉんな”と大きさを表した瀬那くんのお膝から、
こちらは水干姿した、小さな仔ギツネの和子様も、
同じように、しかも勢いよく両手を広げるのが何とも愛らしい。
とはいえ、

 「饅頭?」

それも朝っぱらからか?と、
とんと覚えがなかったらしいお館様。
ちょっぴり不機嫌そうにも見えなくはない、
お顔の顰めようになられたものの、

 「………おおそうか。」

すぐにも思い当たりを見つけてしまわれたらしく。

 「東宮からであろう?」
 「はいっ。」

そこは、今帝に仕える神祗官補佐殿のお屋敷への、
しかもご挨拶の使者の御方つきのお届けもの。
贈り主の判らない、不審なものじゃあなかったようで。
そこのご報告を後回しにしたセナくんだったのも、
何でも御存知のお館様へ大胆にも謎かけのようなつもりだったらしく、

 「さすがに前もってのお知らせがあったのですね。」
 「さてな。」

再び どうだったかなと小首を傾げてしまわれたのこそ、
どうでもいいことだったから
覚えてなかったのだろうと思われて。
(苦笑)

 「でもでも、どうしてこんな時分にお饅頭なのですか?」

桜や藤のお花見はもちょっと先だし、
宮中の梅見はというと、もっと早くに宴も催されたと聞いている。
(そして、例によって蛭魔は堂々の無断欠席をやらかしてもおいで。)
屋敷中の関係者全員へ配ってもまだ余ったのでと、
両手に一つずつ頂いたらしいの、
堅くならぬうちにと まずはの一つ目を
あむりとぱくついて来たらしい、おちびさんたち二人。
濡れ縁に座し、何やら手元に抱えた木片を、
切り出しの小刀で削っておいでのお館様へと訊いてみれば、

 「今時分は丁度、あの桜バカ宮の生まれた頃合いだからだそうな。」
 「え?」

以前にも触れたことがあると思うが、
日本の暦が太陽の巡りのそれとなったのは明治という時代を迎えてからで。
それまでの月の暦では、
何番目の月の何日目というのも、大きにずれまくっており。
そのせいもあってか、
生まれた日を限定するよな観念は人々の間にはあんまりなかったようだ。
新しい年を迎えれば、
春生まれだろうが冬生まれだろうが みんな一緒に年を取るのであり。
ただ、桃の節句だの端午の節句だのの、
前だった後だったというよな感覚での把握はあっただろうし、

 「あれ? でも、東宮様は桜の咲く中でお生まれになったのでは?」
 「そこはそれ、微妙に正確ではなくってな。」

今時分の、
そろそろ桜が待ち遠しいですねぇという、
話題が上った頃合いに生まれたというのが正しい謂れ。
もっと詳細を記するならば、

 「桜花の如くに麗しい赤子だったので、
  そこから桜の宮様と呼ばれておいでなんだとよ。」

確かにそれは艶やかなご容姿も麗しい東宮様で、
なので、そんな逸話も出ようものだったが。

 「なんの。」

赤ん坊のころにそこまで整った風貌だったんなら、
大きくなるうち均衡が崩れて見るも無残になっちまうもんだと、
余計な一言を付け足す彼だったのも相変わらずな、天邪鬼のお館様。
一足早い若草色の小袖姿に、藍色の筒袴という簡易な格好のまま、
ちょっぴりぬるい朝の気の中、
何が可笑しいか くすすと笑い、

 「そこでっていう内祝いに何か配るとか言っておったからな。」
 「そうだったのですか。」

とはいうものの、
これって毎年恒例だったかなと
やはり小首を傾げてしまったセナくんへ。

 「例年だと宴を開くところだが、
  今年はほれ、あまりの豪雪で北領がえらいことになったろが。」
 「あ、そうでしたね。」

雪深い東北からは、春まで便りさえ途絶えるはずが、
この冬はそれどころじゃあない、
音信不通のままだと大変なことになってしまうとの、
救援を請う便りが都まで届けられ。
あまりの積雪に、
越冬には慣れているはずな現地の人でさえ
悲鳴を上げた年となったがため。
急遽、雪を掻き出し、運び出すための人夫たちが編成され、
秘密裏に現地へと救援のため向かったほど。
そんな騒ぎがほんの一月ほど前にあったものだから、
祝いごとをするのもしばらくは控えようという運びになったそうで、

 「ですが、東宮様へのお祝いというのは国事にあたりませぬか?」
 「そうそう、そこを強硬に言い通そうという輩もおったがな。」

国の威光に響かぬかともっともらしい言いようをしやったが、
なんのなんの、
貢物を贈る大物権門へのお近づきの場が
ほしかっただけの話だろうというのは見え見えでの、と。
手元から視線は外さぬままながら、
少しばかり意地悪そうに口許を歪ませて笑った術師殿、

 「困っている最中の人々へ威光なんぞを突き付けたって、
  ちいとも有り難がられはしないでしょうし、
  それどころか、来年からはそんな厚顔なことした東宮だったと、
  後世まで語り継がれてしまうやも、と。
  選りにも選って桜の宮がじきじきに言い返したもんだから。」

 「あれまあ。」

それはなかなか、言い出したお人には、いい面の皮…いやあのその。
ごにょごにょ、言葉を濁したセナくんだったのへ、
ふふふ・くつくつと笑ったお師匠様だが、
さすがは あのタヌキの後継者よくらいのこと、
思ってらっしゃるに違いなく。

 「それは何を作っておいでなのですか?」

 「なに、そんな太っ腹なことを言う東宮へ、
  礼も兼ねての祝いのまじないをな。」

どんな式神の寄り代か、はたまた咒で息づく人形か。
祝いなぞとは白々しくも、何かしらの悪戯をなされるおつもりやも知れず。

 「お師匠様、あんまり手ひどいことはなされませぬように。」
 「おうさ。」

鼻歌交じりに言われてもなあと、いやな予感の拭いされない書生くんだったが、
まま、黒の侍従殿が付いてかれることだろし、
主人の案じを負うてのこと、武神様も見守ってくださることだろうから、
大丈夫………なんじゃあなかろかと。
桜も間近い春隣り、お饅頭のように甘くいきますことかしら?





  〜Fine〜  11.03.14.


  *これも以前に言いましたが、
   饅頭が中国から日本へやってくるのは、結構 時代が下がってからで。
   随分と長いこと、餅や米粉の団子が主流だったそうでございます。

  *それはともかく。
   三月十二日が桜庭くんのお誕生日だったのですが、
   今年というか今は、祝いごとというのもなあと。
   どうしたものか、考えあぐねたその挙句、
   こんな程度のお話ならばと、綴ってみましたわけでして。
   阪神淡路大震災から16年、
   あんな恐ろしいことが、生きてる間に再び起ころうとは思いもせずで、
   遠い地での大災害、
   まだまだ“渦中”の皆様には、大変な日々かと思われます。
   お祈りするしか出来ない身ですが、
   どうかどうかご無事でお過ごしくださいますように。

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